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シーア派の千福年説
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アリーとファーティマの息子フセイン(サイイド=尊称・アルシュハーダ=尊称・アブーアブドッラー・アルフセイン・イブン・アリー)には、ササン朝ペルシャ第二六代王ヤズデギルド三世(?~六五一、カーディスィーヤの戦いでイスラム軍に敗北)の娘シャフルバーニーとのあいだにザイヌルアービディーン(ザイヌルアービディーン・アブームハンマド・アリー・イブン・フセイン。六五八~七一二、通称「小アリー」)という息子があり、病床に就(つ)いていたせいで「カルバラーの悲劇」を免(まぬが)れていた。

ザイヌルアービディーンの死後、彼が伯父ハサンの娘とのあいだにもうけたムハンマド・アルバーキル(生没年不詳)が第五代イマーム位を継承、しかし一部の人々は穏健路線を選んだ新イマームを認めようとせず、異母兄弟であるザイド・イブン・アリー(六九八頃~七四〇)を五代目イマームとして推戴(すいたい)しウマイヤ朝に敵対した。ところが戦いに敗れたザイド・イブン・アリーは処刑死、「五イマーム派」とも呼ばれる「ザイド派」の人々は現在もイエメンなどに存在する。

イスマーイールの死後七イマーム派イマームの系統は途絶えたが、信者は「イスマーイールの子ムハンマド・イブン・イスマーイールは神(アッラー)に隠されただけであり、お隠れ(ガイバ)イマームは終末の日救世主(カーイム)=正しく導かれた者(マフディー)として地上に再臨する」と、信じている。その後彼らは「アラウィー派」「ムバーラク派」「ドルーズ派」などへ分裂し、レバノン、シリア、イスラエル、トルコ、インド、パキスタンなどに今も居住する。

第十二代イマームは約束のときを待ちながら、宇宙の彼方(かなた)で眠らされているという。終末の日、彼は聖霊(ルーフ)をともない〝正しく導かれた者(マフディー)〟、つまり救世主(カーイム)となって地上へ再臨し、腐敗した反イスラム勢力を武力で退(しりぞ)けこの世に正義を取り戻す。

この戦いに生き残れるのはシーア派イスラム教徒のみであり、マフディー再臨後の地上には凡(およ)そ千年間のシーア派世界が実現され、裁きのときは、そのあとやってくる。ムハンマド・アルモンタザルの再臨を待ち望む人々は「十二イマーム派」と呼ばれ、イランを中心にイラク南部、レバノン南部、インド、パキスタンなどに分布しており、シーア派主流としてその八割を占めるという。
【イスラム教】シーア派の終末論
シーア派主流・十二イマーム派「ハディース」など
シーア派主流・十二イマーム派「ハディース」など
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