2019年5月12日日曜日

運命をつむぐ女神ファーティマの冒険_「神話と占い」(その62)_






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女神を独占する為(い)政者たち
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『イーリアス』におけるゼウスの正妻ヘラや、『ヨハネの黙示録』に登場するバビロニアの愛欲女神イシュタルのような「吊された女性」のモチーフは、「木にかかる月=梢(こづえ)に浮かぶ月」を暗喩すると言われます。「樹木」は「人間神=この世の権力者である王」を表し、「月」は「女神=創造と不死の源」を表します。


また、「木にかかる」とは「掴まえられた」という意味です。ですから「木にかかる月」はこの世(有限世界)の統治者「王」が、あの世(無限世界)の統治者「女神」を一時的に捕獲することを意味します。そして「吊された女性」や「木にかかる月」のような「月(女神)を所有する」モチーフは、「自己犠牲に因(よ)らない〝神人合一〟=権力による〝創造力の獲得〟」を象徴するものです。


「木にかかる月」は簡略化されると「月」、もしくは「珠」や「宝珠」として表現されます。「珠」は流出する創造のための無限の光を寓意し、と同時に、無限に広がろうとする神霊をその形状の中に封じ込めようとする、人間の意志の寓意でもあります。


「創造の力」は、言ってみれば「無限の可能性」です。現代人であるわたしたちは「無限」というものを肯定的に考える傾向がありますが、古代人にとって「無限」であることは恐怖の対象です。たとえば「制限のない力」というものがあるとしたら、それは「魔力」と同じだからです。


そのため彼らは女神の代理である筆頭巫女を「輪」で飾り立てたり、洞窟に幽閉したり、樹木に注連縄を張るなどして可能な限り「創造神の無限性」を制限しようと試み、一方で「創造神の予定は、(創造神自身も含め)何者にも変えられない」という「創造の原理原則」を、現世利益に利用しようと考えました。


至極当然なことながら、未来が不可避であればあるほど、その運命を先んじて知ることは格別な利得をもたらします。巫女や神官の収入源は神の託宣をとり持つ外に、未来を予知することでもありました。


巫女や神官は「預言者(神託を預かる資格のある者)・予言者(運命を決定する力のある「神の子」)」として尊敬を集め、戦勝祈念など国の式典には必ず招聘されたのです(ギボン『ローマ帝国衰亡史』ウェスタの巫女と結婚した皇帝ヘリオガバルスの母で女性祭司ユリア・ソエミアスと祖母ユリア・マエサや、イラクのウルで出土した奉納円盤にある、月神ナンナの女性祭司として活躍したエンヘドゥアンナ=サルゴンの娘の祭司、という意味、など)


ところで運命女神キュベレーや蛇女神アナトの「車輪」に代表されるモチーフ「太陽を使役する月」を逆手に取ったかのような、「木にかかる月」からは「崇拝と恐怖」という、当時の男性らが女性に対して抱(いだ)いていた屈折した崇敬が窺(うかが)い知れます。


初期の頃の男性祭司たちは本当は女神を牛耳る自信がなく、もっとも高位の祭司たる王(皇帝)でさえ、女神に愛されているかどうか疑心暗鬼だったのではないでしょうか。だから女神信仰がすっかり廃れたあとも、為(い)政者は「制御不能な創造神の力」を恐れて女性の行動を制限し、母権制社会の時代に盛んだった「占い」や「呪い」を反社会的な行為と位置づけ、弾圧したのです。


権力者というものは、神を独占したいのです。そのため宗教指導者や王など権力の頂点にある人々は、「占い」「呪い」を一般民衆には禁じておいて、自身のためには積極的に行います。ホノリウス三世(在位一二一六~一二二七)、グレゴリウス九世(在位一二二七~一二四九)、ハドリアヌス五世(在位一二七六)、など、「悪魔学者」と噂されるローマ教皇が意外と多いのもそうした事情によるものでしょう。


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遠い昔、西方にファーティマという娘がいた。裕福な紡ぎ職人だった父親は旅行でクレタ島へ向かう途中、船が沈んで死んでしまった。記憶を失いアレキサンドリアの浜辺へ打ち上げられたファーティマは貧しい機織りの一家に助けられ、その家で働いた。しかし用事で浜へ出た日に奴隷商人たちが上陸し、ファーティマを浚(さら)って船に乗せ、イスタンブールで売り捌(さば)いた。

ファーティマを購入したのは船の帆柱を作らせるための男奴隷を探していた男で、女を買ったのは奥向きの仕事をさせるためだった。しかし男奴隷を買う前に海賊に襲われ貴重な荷を失ってしまったので、ファーティマにも手伝わせ妻と自分と三人で帆柱を作った。やがてファーティマは自由民になり、引き続き男の工房で働いた。ある日ジャワ島へ親方の帆柱を売りにゆくが、ファーティマの船は再び難破して中国に上陸した、

「いつの日か異国の女がやってきて皇帝のために天幕を作る」という言い伝えがあった中国では、新規にやってきた異国の女が年に一度宮廷に集められていた。通訳に天幕を作れるかどうか尋ねられ、ファーティマは即座に「できます」と答えた。

ファーティマは幼い頃習い覚えた手の技で糸を紡いで縄をない、アレキサンドリアで身に着けた技術で丈夫な布を織り、イスタンブールの親方から学んだ方法で強い柱を築いた。それから旅のあいまに見た各国の天幕を思い浮かべ、どれより優れた立派な天幕を作り上げた。

天幕の見事さに感歎した中国の皇帝はファーティマにどんな望みも叶えると申し出たが、ファーティマはただ、この国に留まりたいと答えた。その後彼女は王子に嫁ぎ、多くの子を産んで最後の時まで幸せに暮らした。


【ギリシアの伝承】運命をつむぐ運命女神ファーティマ
ムハンマド・ジャマール・アッディーン「運命女神ファーティマの物語」
イドリース・シャー『スーフィーの物語』より
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イスラム神秘主義的に書き直された、ギリシアの民話を紹介しました。「運命は生まれる前から決まっている」物語だと言われますが、女神ファーティマ(運命女神)は運命に翻弄されていると見えて、本当のところ自身が運命を紡いでいます。彼女を簒奪する男たちはそれぞれに女神の栄光を利用し、求めたなりの成果を得(う)ることになります。






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