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王たちが目指した究極の「神人合一」
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『イーリアス』において、ゼウスの至高神としての権威が、もっぱら創造の力を有する他の神々を吊す行為で示されるのは興味深いことです。ゼウスは破壊女神メデューサの首を前垂れに吊し、地母神ヘラを空中に吊し、オリュンポス神全員を「まとめて吊してやる」と脅すのです。「吊す」とは「生け贄死させる」ことを意味しますから、ギリシア神話の至高神ゼウスも太母神を殺したマルドゥクと大差なく、前時代の創造女神を破壊し尽くし地の肥(こや)し海の肥(こや)しにすることを目指した時期があったのでしょう。
もちろん、ここで言う「至高神ゼウス」とは、至高神ゼウスを顕現する「(かつて聖王だった)君王」たちを指しているつもりです。
しかしながら少なくとも神話上では、王権を確立した古代ギリシアの初期君主たちは巫女たち、つまり創造女神をすぐには自身に融合させません。その理由は次に紹介するエピソードの、至高神ゼウス自身の科白(せりふ)が露(あら)わにします。そこに描かれる「女神の神力の獲得法」は、『イーリアス』が現在の形に編纂された時代(青銅器時代から鉄器時代への移行期)の男性為政者が目指した、「究極の神人合一」の実体のように感じます。
ゼウスはまず「中空の宮(高い塔のある宮殿など)に住むことで創造神と融合」し、そののち「創造女神たちを吊すことでその神力を盗み」ます。しかしこの時代の王たちは、もはや自分から死ぬ気はありません。そこで自身の名を冠した犠牲獣を盛んに捧げ、一方で創造神としての自らの霊力を常に高く保つため、高貴な生まれの美しい女性を後宮にたくさん囲い込みます。
彼女たちは絢爛豪華な装飾品で拘束され、若さの絶頂で順に吊されていったことでしょう《『千夜一夜物語』妻を殺し続ける王シャフリヤールなど》。
太古の昔(~青銅器時代)、生け贄の順番を待つ男たちは聖別の証に小枝の冠(もしくはターバン)を被らされ、神殿近くで集団生活を営みました《死海文書『ダマスコ文書』など》。性交を「神の力を移行する祭儀」とみなすのは太古に遡(さかのぼ)る伝統で、生け贄要員がひとつところに押し籠められ順番がくるまで性の奴隷に供されるのも、もとは女性たちが始めた慣習です。だからこの時代の王たちが、前の時代に比較して、より横暴であったとは言えません。
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「男神も女神もいかなる神も、わたしの言いつけを破ってはいけない。もし勝手にトロイエ方(トロイア勢)あるいはダナオイ方(ギリシア勢)に加勢する者がわたしの目に止まったなら、わたしの稲妻を身体(からだ)に受け、世にも惨(みじ)めな姿となろう。
さァ試してみようか。黄金の鎖を天から垂らし、男神も女神も全員それにとり付いてみるが良い。どんなに力を込めようと、誰ひとりこのゼウスを地上へ引き下ろすことはできない。わたしは鎖をオリュンポスの峰に結んでしまうだろう、そうすれば其方(そなた)たちみんなが宙吊りだ」
【ギリシアの神話】至高神ゼウスに吊るすと脅されるオリュンポスの神々
ホメーロス『イーリアス』
⌒⌒⌒⌒⌒⌒⌒⌒⌒⌒⌒ホメーロス『イーリアス』
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