2019年5月31日金曜日

バラモン教・時代の更新と破壊者カルキ_「神話と占い」(その81)_






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千福年説の正体
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「聖霊」「救世主」「再臨=再生=復活」「千福年説(「千年王国説」「至福千年説」「千年至福説」ともいう)」というキーワードに彩られたシーア派マフディー論(マフディー再臨後の地上にはシーア派ムスリムしか生き残れない。シーア派にとって終末はシーア派世界を千年も謳歌したあとゆっくり訪れる天国)が、『新約聖書』に収録された『ヨハネの黙示録』に酷似していることはよく知られています。しかしシーア派がキリスト教を真似たわけではありません。「千福年」の思想は、アジア世界に古くから定着していたものです。



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宇宙霊=ブラフマー(宇宙精神とも)が目覚めると三界(天地空)が創造され、ブラフマーが眠ると三界は混沌に突き落とされる。ブラフマーの一日は、地上の四十三億二千万年に相当する。カルパは千回の大時代に分割でき、各マハユガはさらに四つの小時代(クリ、トレタ、ドワパラ、カリ)に分割される。

わたしたちが生きる堕落の時代カリユガでは人々は邪悪でその大半がシュードラ(奴隷)で、その惨(みじ)めさは破壊者カルキが来臨したとき、ようやく終わりを告げることになる。シャンバラという村の祭司長の家に生まれる破壊者カルキはブラフマーの一部であり、ヴィシュヌ(太陽神、創造神)十番目の化身(1、マツヤ→2、クールマ→3、ヴァアラーハ→4、ナラシンハ→5、ヴァーマナ→6、パラシュラーマ→7、ラーマチャンドラ→8、クリシュナ→9、クリシュナ仏陀→10、カルキ)である。カルキは白馬に乗って地上に現われ、世界中を駆け巡って徹底的に悪を打ち滅ぼす。彼の使命は来たるべき「創造の更新」の前ぶれとして、世を浄(きよ)めることにある。

百年に亘(わた)る大飢饉のあと七つの太陽が空に昇り、わずか残った地上の水をすべて枯らしてしまうだろう。そうして太陽はカルキの勝利を待って大地を燃やし尽くし、その後雨が降り続いて地上を水底へ沈めるだろう。すると水面に蓮の花が開きブラフマーを閉じ込めて眠らせる。不滅の神々も死を避けられない人間たちも、このとき再び宇宙霊=ブラフマーに吸収され深い眠りに堕ちるだろう。

その後ブラフマーはおよそ一千年の眠りに就く。この間ブラフマーは黄金色(こがねいろ)に輝く宇宙卵の中に入りロータス(睡蓮)に乗って水面に浮かんでいるが、目を覚ますやまた、あらためて創造の為(し)事に着手する。


【バラモン(ブラフマン)教】カリユガ
「ブラーフマナ」、「プラーナ」など
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「七つの太陽」という表現は黙示録文学にはお馴染みの表現で、七天それぞれに存在している太陽がいっせいに地上へ集まってしまう危機的状況を表します。終末における「天層の崩壊=神々の黄昏(たそがれ)」の暗喩です。紀元前八〇〇年頃記述された『ウパニシャッド』などから推定するに、紀元前一〇〇〇年頃成立した初期ヒンドゥー思想「バラモン教(「ブラフマン教」ともいう)」は、早くも「時代は更新される」という考え方を中心教義に据(す)えていました。


現在では、インド・ヨーロッパ語族が本来的に持っていたこの「更新」思想が、セム語族が本来持っていた「一度きりの人生・一度きりの時代」を訴求(そきゅう)する精神と不自然に融合した結果、「終末論」が生まれたものとみなされています。


ところで「千福年説」は神々や人間の魂が「時代の更新=蘇(よみがえ)り」を待つあいだ「宇宙霊の中で過ごす一千年」がもとの形です。ブラフマーの今日から明日への移行時に訪れるつかの間の休息期(睡眠)だったものが、循環しない時代の中にとり残されているものです。






2019年5月30日木曜日

アルマフディーと終末論_「神話と占い」(その80)_






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シーア派の千福年説
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アリーとファーティマの息子フセイン(サイイド=尊称・アルシュハーダ=尊称・アブーアブドッラー・アルフセイン・イブン・アリー)には、ササン朝ペルシャ第二六代王ヤズデギルド三世(?~六五一、カーディスィーヤの戦いでイスラム軍に敗北)の娘シャフルバーニーとのあいだにザイヌルアービディーン(ザイヌルアービディーン・アブームハンマド・アリー・イブン・フセイン。六五八~七一二、通称「小アリー」)という息子があり、病床に就(つ)いていたせいで「カルバラーの悲劇」を免(まぬが)れていた。

シーア派(「アリーの党」の略)の人々はムハンマド生前の意向を無視した合議制選出の「ハリーファ(カリフ)」には統治権を認めず、預言者直系子孫の世襲・後継者指名による「礼拝・宗教指導者=イマーム」位を重視、アリーを初代イマームとみなし長男ハサン(アブームハンマド・アルハサン・イブン・アリー・イブン・アブーターリブ)を第二、次男フセインを第三、その息子ザイヌルアービディーンを第四イマームとして恭順した。ザイヌルアービディーンはメディナへ引き返して一族の追悼に明け暮れ「祈りの人」と呼ばれたが、ハリーファの放った暗殺者によって毒殺された。

ザイヌルアービディーンの死後、彼が伯父ハサンの娘とのあいだにもうけたムハンマド・アルバーキル(生没年不詳)が第五代イマーム位を継承、しかし一部の人々は穏健路線を選んだ新イマームを認めようとせず、異母兄弟であるザイド・イブン・アリー(六九八頃~七四〇)を五代目イマームとして推戴(すいたい)しウマイヤ朝に敵対した。ところが戦いに敗れたザイド・イブン・アリーは処刑死、「五イマーム派」とも呼ばれる「ザイド派」の人々は現在もイエメンなどに存在する。

第六イマーム、ジャアファル・サーディク(アブーアブドッラー・ジャアファル・アルサーディク・イブン・ムハンマドアルバーキル。六九九もしくは七〇二~七六五)はジャービル・イブン・ハイヤーン(ラテン名ゲベル。八世紀頃に活躍したとされる伝説の練金導師、実在性は否定されている)アブー・ハニーファ(六九九?~七六七。法学者、ハナフィー学派の創始者)などと親交し、神学・法学の基礎を築いて「ジャアファル学派」と呼ばれるシーア派的学問体系をクーファに根づかせた。ジャアファル・サーディクの死後シーア派は再び分裂、聖典『クルアーン(コーラン)』の内面(パーティン)的解釈を重視する人々はヒジュラ歴一四八年(西暦七六五年)、第七イマームであるムーサー・アルカーズィム(生没年不詳)を認めず、ジャアファル・サーディクのもうひとりの息子イスマーイール(生没年不詳)をイマームとして推戴、「イスマーイール派」「七イマーム派」「バーティーン派」などと呼ばれることになる。

イスマーイールの死後七イマーム派イマームの系統は途絶えたが、信者は「イスマーイールの子ムハンマド・イブン・イスマーイールは神(アッラー)に隠されただけであり、お隠れ(ガイバ)イマームは終末の日救世主(カーイム)=正しく導かれた者(マフディー)として地上に再臨する」と、信じている。その後彼らは「アラウィー派」「ムバーラク派」「ドルーズ派」などへ分裂し、レバノン、シリア、イスラエル、トルコ、インド、パキスタンなどに今も居住する。

ムーサー・アルカーズィムとヌビア人女性とのあいだに生まれた第八イマーム、ペルシア名エマーム・レザーことアリー・リダー(七六五~八一八)は、アッバース朝第七代ハリーファ、マアヌーン(七八六~八三三)に招かれバグダードへ向かう途中に毒殺死、イランの地へ埋葬された最初のイマームとなった。この頃からアラビアのシーア派住民が次々とイランへ流入、その後イマーム位は第九代ムハンマド・ジャワード(生没年不詳)、第十代アリー・ハーディー(生没年不詳)、第十一代ハサン・アスカリー(?~八七四)へと継承されるが、第十二代イマームに就任した四歳もしくは五歳のムハンマド・アルモンタザルは、父親の死の直後忽然(こつぜん)と姿を消してしまった。神(アッラー)に隠されたイマームは九四〇年頃まで代理人(バーブ)を通じその意思を伝えたと言われるが(「小さなお隠れ」)、後年神(アッラー)が完全に隠してしまい、誰にも接触できなくなった(「大きなお隠れ」)

第十二代イマームは約束のときを待ちながら、宇宙の彼方(かなた)で眠らされているという。終末の日、彼は聖霊(ルーフ)をともない〝正しく導かれた者(マフディー)〟、つまり救世主(カーイム)となって地上へ再臨し、腐敗した反イスラム勢力を武力で退(しりぞ)けこの世に正義を取り戻す。

この戦いに生き残れるのはシーア派イスラム教徒のみであり、マフディー再臨後の地上には凡(およ)千年間のシーア派世界が実現され、裁きのときは、そのあとやってくる。ムハンマド・アルモンタザルの再臨を待ち望む人々は「十二イマーム派」と呼ばれ、イランを中心にイラク南部、レバノン南部、インド、パキスタンなどに分布しており、シーア派主流としてその八割を占めるという。


【イスラム教】シーア派の終末論
シーア派主流・十二イマーム派「ハディース」など


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2019年5月29日水曜日

審判の日、コーラン第78章_「神話と占い」(その79)_






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宇宙霊と聖霊
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人間の魂を覚醒させるべく、父なる神の啓示を抱(かか)えて降臨する「アイオーン」は、もとはギリシア世界の歳神(としがみ)で「半神」「神の子」「英雄」「賢者」の総称、「永遠の時間」の擬人化だと言われます。この「アイオーン」がいつ頃独立した信仰に発展したかは定かでありませんが、紀元前五世紀頃にはギリシア各地に神殿が築かれ、紀元一世紀前後キリスト教の成立時代には「宇宙霊」「聖霊」として、盛んに祭儀が催されていました《ヒッポリュトス『全異端反駁論Philosophumena』など》


その当時アイオーンは神の粒子「エーテル《「第五元素」とも、アリストテレス》」の働きである「プネウマ(「気息」のこと、「スピリト=神霊」ともいう)」と同定されており、そこからアイオーンが元来「至高神の力=至高神の使者」だったとわかります。「神の子」という用語が、古代社会においては作物に実を付けさせる「創造神との融合と再生」を意味した事実は、既に詳述しました。キリスト教やイスラム教で用いる「聖霊(宇宙霊)」という言葉はこの「神の子」概念をバビロニアの惑星信仰と結びつけたもので、「永遠の時間=因果」を書き換える「時間の修正」を意味したようです。


キリスト教の母体のひとつオルペウス教やミトラ教はグノーシス論に立脚した宗教なので、初期キリスト教も当然グノーシス論が主流でしたが、西暦四〇年頃から異端視され退(しりぞ)けられました《ヒッポリュトス(一七〇頃~二三五年頃)『全異端反駁論Philosophumena』、護教教父・殉職者・聖ユスティノス(一○○頃~一六五年頃)『第一護教論』など》


グノーシス論を維持すれば、教会はイエス・キリスト以前のキリストたちはもちろん、終末の日まで無数の新しい〝光の戦士〟キリストたちに対峙(たいじ)しなければいけなくなるからです。実際たとえば、グノーシス論の影響を排除しなかったイスラム教では、歴史上多くの預言者・賢者が溢れ出て、反社会的活動の元凶となることが珍しくありません(マルコ・ポーロの「山の老人」伝説や十字軍の「暗殺教団=アサシン党」伝説のモデルとなったシリアのニザール派統帥ラシード・ウッディーン・スィナーンなど、一一三○頃~一一九○頃)


ところで、イスラム教聖典『コーラン』に描かれる人物像のなか、もっとも人気の賢者は「〝預言者〟イーサー」こと、イエス・キリストです。


『コーラン』では、終末のとき裁(さば)きのために降臨するのは神の使徒ムハンマドではなく、「聖霊(ルーフ、語源は「息」)」であって、この「聖霊(ルーフ)」が伝統的にイエス・キリストと解釈されているせいです。イスラム教の終末論では宇宙霊(アイオーン)ミトラの役割は聖霊(ルーフ)イーサー(イエス・キリスト)が担(にな)い、指導者ムハンマドは聖霊(ルーフ)の導きで覚醒する、自(みずか)らの子孫の中に復活すると言われています。


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聖霊(ルーフ)と諸天使が隊伍を整え居並ぶその日、
(ラップ)のお許しを得(う)ることができ、
正しいことを言える者を除いては、誰にも意見を差し挟(はさ)めない。
それが真実の日のありさまである。
そうしたいと感じる者は、
今すぐにでも主(ラップ)の御許(みもと)へと逃(のが)れるが良い。
実に、差し迫った懲罰(ちょうばつ)について、我々はあなたに警告する。
その日、人は皆、自分自身が行った所業のすべてを
眼前(がんぜん)へ突きつけられることになる。
不信心の輩(やから)は「いっそ塵(ちり)になりたい」とさえ、
願う羽目になるだろう。

【イスラム教】聖典・コーランに顕(あらわ)れるイエス・キリスト
『クルアーン』第七八節「審判の日」

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2019年5月28日火曜日

上昇と下降・マニ教「プラグマティア」_「神話と占い」(その78)_






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グノーシス論
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ゾロアスター正典『アヴェスター』の終末論「ガーサー」に続いて、ギリシアのザグレウス信仰とゾロアスター教異端ズルヴァン教とミトラ教、キリスト教など主要なところをもろもろ掛け合わせ、グノーシス論的なつぎはぎ宗教「マニ教」を編み出した預言者マーニー(二一六~二七七、ササン朝ペルシアの預言者でマニ教開祖。パルティア貴族の父と同国王族の母の元に生まれ預言者として招命されたが、ゾロアスター教との政争に破れ刑死)の、創生神話を紹介します。


マーニーの神話に登場する「活(い)ける神(ミスラ、ミトラ)」こと「宇宙霊(アイオーン)ミトラ」は、キリスト教では「聖霊」になります。「父と子と聖霊(三位一体)」の「父」は父なる神、「子」は神の子イエス・キリスト、「聖霊」は教会(イエス・キリストの霊が信者に降りそそぐ)、というのが一般的な理解だと思いますが、その原初の姿は宇宙霊(アイオーン)です。ではそもそも「アイオーン」とは何かといえば、要するに「自分の手元の時計だけ少しばかり回転速度を速める〝惑星の〟力」でなかったかと、わたしは考えています。


アケメネス朝ペルシア(前五五〇~前三三〇)がバビロニアの惑星信仰を取り入れて成立したと言われる《ジョン・R・ヒネルズ著『ペルシア神話』》ゾロアスター教異端「ズルヴァン教」は、第一者にアフラ・マズダ神を立てる正統派に対し、両性具有神ズルヴァン・アカラナ(「永遠の時」の意)を第一者に立て、善神オフルマズド=アフラ・マズダと悪神アフリマン=アンラ・マンユの産みの親とするものです。〝無限なる〟ズルヴァンは「永遠の時間」の象徴であり、その原型神はおそらく〝無限の車輪〟死女神カーリーです。


ズルヴァン教の「無限の車輪=永遠の因果」が善と悪を統合する思想は、のちグノーシス論に大きな影響を与え《ジョン・R・ヒネルズ著『ペルシア神話』》、「無性の存在」が〝対立する二者を産み落とす〟思想の原型となりました。グノーシス論において「永遠(至高神)」の使徒として活躍する天使や聖霊は、すると「一時的な時間の顕現」ということになるかと思います。一時的な時間とはたとえば次の一年としての「歳神(としがみ)」や、何かを成し遂げたい人にとっての「実現までの時間」です。古代人の一生は現代人に比べて短かかったので、自分の時間だけ一時的に速めたい人は多かったのではないでしょうか。


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すべてに先駆け、二つの本質が存在した。ひとつは光の大地で、「偉大な父・ズルワーン」である。その外側にもうひとつの本質「暗闇の王・アフリマン」が存在した。暗闇の王(アフリマン)は光の大地に憧(あこが)れて襲撃を試みたが、偉大な父(ズルワーン)は「活(い)ける者たちの母」を呼び出(クラー)し、活(い)ける者たちの母は「原人・オフルミズド」を呼び出(クラー)した。原人(オフルミズド)は五人の息子を伴(ともな)い暗闇の王(アフリマン)の五人の息子たちに立ち向かったが、敗北して肉体を差し出し食べられてしまった。

そこで偉大な父(ズルワーン)は「光の友」を呼び出(クラー)し、光の友は「活(い)ける霊・ミスラ」を呼び出した。活(い)ける霊(ミスラ)はその五人の息子たちと原人(オフルマズド)の救出に向かうが、暗闇の王(アフリマン)の息子たちが原人(オフルミズド)たちを飲み込んでしまっているのを発見した。仕方なく活ける霊は暗闇の王の息子たちの幾人かを殺し、「偽の神、支配者・アルコーン」の遺体に含まれる原人(オフルミズド)の光を濾過(ろか)して取り出し、その帰還のための「光の船」である太陽と月とを創造した。

また偉大なる父(ズルワーン)は「使者」を呼び出(クラー)し、使者は美しい女に化けて残りの支配者アルコーンを射精させた。この精液によって暗闇の王(アフリマン)の娘たちは身ごもったが、流産し地上へ胎児を落とした。その子孫にアダムが生まれ、その子としてエヴァが生まれた。偉大な父(ズルワーン)は無邪気なアダムへ「光輪のイエス」を遣(つかわ)し、命の木でもって目覚めさせる。アダムは自身が暗闇の悪臭の中に倒れていることに覚醒すると獅子のような声をあげて嘆き、髪を掻き毟(むし)り、胸を叩いて泣き叫ぶ。

「禍(わざわ)いあれ、わたしの肉体を創った者たち!  」
(わざわ)あれ、わたしの魂を縛り付けた者たち!  」

こうしてアダムの魂は光の許(もと)へ帰還したが、「偉大なる父(ズルワーン)」の戦いは今始まったばかりだ。光の救出は最後の一片まで、完全なる「原人(オフルミズド)とその息子たち」が回復されるまで、永遠に続く。

【マニ教】予言者マーニーの創生神話
マーニー『プラグマティア』

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魂の上昇理論と二元論に立脚した思想形態は総称して「グノーシス論」と呼ばれます。「グノーシス」とは「秘儀によって得られる覚知」のことです。


始源のとき「原父=永遠の光・アイオーン」に属していた霊魂は何らかの理由で天上界から転落し、中間界にあって下界の物質世界を創造した造物主・デミウルゴスの手で肉体(物質界)の中に幽閉され、霊性を失い、深い眠りに陥ります。これを憂えた原父アイオーンはイエス・キリストに代表される「永遠の光」を人間界へ遣(つか)わし、啓示を授(さず)け個々の覚醒を促(うなが)します。啓示によって覚醒し、本来の自己をグノーシス(覚知)した魂は造物主(デミウルゴス)の支配を離れ救済可能となりますが、寿命を迎えるまではこの世に肉体を持っており、せっかく獲得したグノーシスを持続するため禁欲苦行が欠かせません。






2019年5月27日月曜日

上昇と下降・ゾロアスター教「アヴェスター」の「ガーサー」_「神話と占い」(その77)_






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「意識」と「無意識」の対立に見る二元論
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ユングは無意識の深淵に「集合無意識」という階層があり、この領域に「原型」と呼べる、民族の共通イメージが蓄積されていると仮定します。曰(いわ)く、「本能」が生得的な動因として行動様式に顕(あらわ)れるのと同様に、「原型」は個体が学習したのではない民族の共通記憶として人の理解の様式に顕(あらわ)れ、我々の思想や感情を根源から支配する何かです。


そしてユングは、「原型」は内的自己(理想の人物像)として夢の中に顕(あらわ)れやすく(夢に現われる内的自己=アニマ・アニムスは「ペルソナの影」と表現される)、ときに自我意識の気づかない危険性や未来予測を提示して、自我意識を救い導く(「補償する」)こともあると主張します。


これを字義通り解釈すれば「原型(ゲルマン民族のヴォータンやジークフリート、大和民族の倭建命=やまとたけるのみこと、など)」の外観を纏(まと)い無意識の深淵(集合無意識)から顔を覗(のぞ)かせる内的自己(アニマ・アニムス)は、自我意識の限界を超え人間能力を超えた〝(自我意識よりは)神に近い存在〟ということになります。そのためユングの仮定を拡大解釈し「ユングは神的存在を科学的に説明した」と、みなす人々がいるわけです。


その理論ではユングの「集合無意識」を心の中の「神の領域」と位置づけ、「集合無意識」のもっとも深層には民族を超越する「共通イメージ=全人類の原型」があるはずで、それが人間の中の神の子(イエス・キリストなど)だと考えるようです。


しかし視点を変え、「〝原型〟の外観を纏(まと)って顕(あらわ)れる内的自己(アニマ・アニムス)」を「〝神人合一したあと下降する〟再生した自分自身」の言い換(か)え、「集合無意識」を「至高神の臨在する〝中空〟」の寓意と解釈すれば、「夢に顕(あらわ)れる内的自己(アニマ・アニムス)が未来を提示して自我意識を救い導く」というユングの主張が「天命の書板(神人合一すると「運命の書板」を覗き見ることができる)」思想のたんなる焼き直しだとわかります。またユングの言う「原型」は、神(第一者)と同じ質料(第一質料=イリアステル)で出来ていながら神から独立して存在するという、心体二元論的「魂」の言い換(か)えにすぎません。


ユングの「意識・無意識とそれを統合する集合無意識」論は、わたしにはたんなる「グノーシス論」の二次使用に見えます。





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「二元論」と「宇宙霊」
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文書に現われる最古の二元論は中国の『詩経(紀元前八〇〇頃~前五〇〇頃)』『易経(同)』で、そこには「地、闇、女性を象徴する〝陰〟」と「天、光、男性を象徴する〝陽〟」とが相互に補完し合い「天、地、人」の三元で機能するという「陰陽二元論」の思想が現われます。


その後ペルシアで創始されたゾロアスター教(紀元前六五〇頃)は、〝アフラ(善)とダエーワ(悪)〟の「善悪二元論」と、〝最後の三千年期(古代ペルシアの宗教では歴史世界は各々三千年で構成される四期から成るとされ、第一期は「霊的創造の期間」、第二期は「物質的創造の期間」、第三期は「悪の侵入による最終戦争の期間」、第四期が「最後の審判までの日々」である。我々の生きているのは最後の三千年期)に訪れる「総審判」において死者が復活し世界は溶鉱炉で浄化される〟という「終末論」、〝天国へ迎えられるも地獄へ堕ちるも個人の自由意志による選択にかかっている〟とする「選択論(紀元前一五〇〇~前一四五〇頃、エジプト『死者の書』以来続く伝統的思想)」に特徴が見られ、「善悪二元論」「終末論」「選択論(自由意志による選択)」は、そのままイスラム教に引き継がれます。





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宇宙の全長は一万二千年。三千年ごとの区切りがあり、最初の三千年で宇宙の霊が創られ、そのあとの三千年で物質が創られ、次の三千年は善と悪が抗争し、最後の三千年で悪が滅びる。そうして宇宙は更新され完全善の幸福が、未来永劫続いてゆく。

原初のとき善神アフラ・マズダは無限の光に包まれ高みに在り、悪神アンラ・マンユは暗黒の深淵に存在した。善神は三六五日かけて天地を、神々や原人カユーマルスを、原初の牛を霊的に創造した。

そのあとの三千年に善神は宇宙を現象界へ移行させたが、このときになって悪神は善神の存在に気づき、光の世界を攻撃しようとした。しかし善神が悪神に「あとの三千年期に雌雄を決しよう」と申し出たため、悪神は引き下がり騙されて眠らされた。

善神アフラ・マズダが創造した宇宙は光り輝いたが、三千年後に悪神アンラ・マンユが目を覚まし、天地を闇で覆った。原人カユーマルスも原初の牛も死に絶え、存在するものはすべて醜くなった。

善神アフラ・マズダは天空のシリウス星を招聘した。雨の神シリウスが大雨を降らせて大地の穢れを祓うと、死んだ原初の牛から穀物と薬草が生まれた。その精液は月へ昇って浄化され、動物が生まれた。死んだ原人の体からはさまざまな金属が生まれ、その精液から最初の男マシュイェーと最初の女マシュヤーナクが誕生した。そうして二人から多くの人間の子孫が誕生した。


最後の三千年期は預言者ゾロアスターの誕生によって始まる。悪が滅びるこの三千年期では一千年ごとに救世主が登場し、三人目が訪れたとき世界は終末を迎える。

ゾロアスターが死ぬとその精液は湖の中に保存され、最初の千年期の開始が近づいたとき水浴に来た十五歳の処女が妊娠、一人目の救世主フシェーダルを生む。さらに一千年後、二番目の救世主フシャーダル・マーも同様に保存された精子からゾロアスターの子孫の中に覚醒する。同様の手順で覚醒する最後の救世主はサオシュヤントである。

覚醒したサオシュヤントはまず死者たちを復活させ人間の善悪を判断する。そこへ巨大な彗星が落ち、地上の金属が溶岩のように流れ出て大地を天の溶鉱炉で焼き尽くす。最後の審判を終えた者たちは天国もしくは地獄へ移動するため、地上を覆う灼熱の金板の上を裸足で渡ることになるが、悪人には熱く善人には冷たく心地よく感じられる。

人間の問題を解決してから、サオシュヤントと善なる神々は悪との最終決戦に臨(のぞ)む。悪神アンラ・マンユは悪魔たちと地獄へ逃げ込むが、溶けた金属が地獄にも注(そそ)ぎ込み地獄の口を塞(ふさ)いでしまう。

悪の勢力はこうして完全に滅び去り、世界は善に満たされ完成形で更新される。その後、地上のすべては善神アフラ・マズダが支配する「善の王国」となる。


【ゾロアスター教】予言者ゾロアスターの終末論
『アヴェスター』「ガーサー」
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2019年5月26日日曜日

ユング心理学・心理的限界現象か、神殿秘儀の模倣か_「神話と占い」(その76)_






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意識と無意識
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無生物に話しかけられる幻聴や、水の精メルジーネが立ち昇る現象など女神・精霊の幻覚(心に秘めた理想の人物像、ユングはこれを「内的自己=アニマ、アニムス」と名づけた)についてパラケルススがくどくど書き残しているのは、ユングの見解では「無意識と遭遇した人間が等しく経験する、精神の一時的な崩壊」によるもの、「心的な限界現象」です。


確かにパラケルススは、まさにそのような性格だったと伝説が伝えます。それでも、わたしには異論があるのです。錬金術が暗喩と造語に覆われているのは、それが神殿秘術の模倣だからです。


パラケルススが第一質料を罵(ののし)ったのは、わたしの考えではおそらく神殿秘儀である「蘇(よみがえ)りの言祝(ことほ)ぎ」の模倣です。聖婚による生け贄死を退(しりぞ)けたギルガメシュや、妻である女神ヘラを吊るして創造力を奪い取った至高神ゼウスが、自(みずか)らの自立(再生)を言祝(ことほ)ぐため前の創造女神たちに浴びせた決別の言挙(ことあ)げを、著書の中で真似たものではないかと思います。


神殿秘儀は「秘儀」なので、この言挙(ことあ)げ自体に何の意味があるのか判然としませんが、古代における「生命の等価交換」の法則に関係があるのは確かです。新しい創造神として生まれ変わったからには、前の創造神の力が完全に無効になったことを、新しい創造神自身の言葉によって、天地空、高らかに宣言する必要があったように映(うつ)ります。



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[豊穣女神イシュタルへの、ギルガメシュの罵倒]

御身は砕けた氷、風も遮れない壊れた扉、英雄を潰す王宮、蓋のない壺、乾かないアスファルト、漏れる皮袋、砂になった石灰石、崩れた城壁、主人の足を噛む履き物です


【メソポタミアの神話】ギルガメシュの罵倒
粘土板「ギルガメシュ叙事詩」
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[地母女神ヘレ  への、至高神ゼウスの罵倒]

ヘレ(ヘラ)よ、其方は何とも手に負えぬ女、勇者ヘクトル(トロイア王子)の力を削(そ)ぎ、トロイエ勢(トロイア勢)を敗走に追い込んだのは、きっと其方(そなた)の企(たくら)みに違いない。自分の悪巧みの報(むく)いを受け、またしてもわたしの鞭でしたたかに撲(う)たれたいか。

【ギリシアの神話】ゼウスの罵倒
ホメーロス『イーリアス』
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同様に、パラケルススが書き残した無生物に話しかけられる幻聴や、水の精メルジーネが立ち昇る幻覚は、硫黄や水銀を〝洞窟のような作業場〟で長時間熱したために起きた、一時的な酩酊状態の記録ではなかったでしょうか。パラケルススの生涯が短かったのは持病のクル病に加え、このように危険な錬成実験を繰り返し、呼吸困難と酩酊にその身をさらし続けた結果なのだと思います。


ではそもそも何故、不可能だとわかっている錬成実験を苦労して繰り返す必要があったかと言えば、それは錬金術が神殿秘儀の模倣だからです。「グノーシス論」における魂の上昇を目指す方法論は、前述したイスラム神秘主義に見るとおりです。錬金導師たちは自(みずか)らの「心(魂)の学び」のため、一見無意味に見える「神殿秘儀=永遠の炎の管理」に努めていたのだと思われます。


たとえばパラケルススの錬成実験が黄金を創る目的ではないことは、その活躍当時から知られています。パラケルスス自身「自分は金は創(つく)らない、実験するのは医薬品生成のため」と、著書に記しているからです《パラケルスス『薬剤書=アルキドクセン』など》


「心(魂)の学び」を追求し、「四六時中竃の前で額に汗して研究した(パラケルスス自身の表現)」結果、パラケルススは「すべてのものは毒であり、毒でないものは存在しない。その服用量こそが、毒であるかそうでないかを決める」という発見に至り、阿片へ香料を加えた鎮痛剤としてのアヘンチンキを発明します。パラケルススは多くの功績を歴史に残しました。結果論的には、その「心の学び」は完全に成功したと言えるでしょう。


ところで「上昇と下降」は、「心体二元論」における「魂の上昇」思想の根本原理です。人間の魂は本来的に上昇を希求し、神の子イエス・キリストなど「半神」は魂の救済のため、本来的に下降します(ヘルメスの杖=カドゥケウスに巻き付く二匹の蛇も「上昇と下降」を表す)


古代人はこの「魂の上昇」と「神の子の下降(「神霊の下降」ともいう)」が同時に行われることが「宇宙の再統合」を促(うなが)し、新しい生命を「誕生(再生、復活)」させると考えました。つまり、吊り上げられて死んだ犠牲(花)が空中(創造神の領域)で女神と結合し、神の子(半神)になって下降(降臨)するや、地上に穀物が実るように、です。「春(花の頃)」は古来より人間神(犠牲)と女神(創造神)との「合一」の象徴、錬金術工程が春の五月に行われなければならないのは、金の錬成を宇宙の再統合時期と同調させるためでした。






2019年5月25日土曜日

ユング心理学・メリュジーヌの伝説_「神話と占い」(その75)_






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意識の表層に顕(あらわ)れる心の中の理想像「アニマ、アニムス」
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カール・グスタフ・ユング(一八七五~一九六一、『元型論』『自我と無意識の関係』『心理学と錬金術』など)はパラケルススが「最大の人間(「内なる人間=アデク」「原生命=アルケウス」とも表現)《パラケルスス『長寿論』》「人造人間(ホムンクルス)《パラケルスス『子宮論』》の創造を目指すとした点に注目し、「哲学的錬金術の目標が、より高度な自己形成、〝大いなる人間の創出=個性化の達成〟にあったことは疑えない」と断言します《ユング『パラケルスス論』》。そして錬金導師は物質変容の作業に内面を投射し、「大作業」「投影」の工程において自分の〝無意識〟と出会うことで〝自己〟を確立しようとしていた、と、結論づけるのです。


ユング理論は続いて、〝意識=自我〟が〝無意識〟に対峙(たいじ)することは自我に自己への同化を促(うなが)すこと、意識と無意識の「統合」過程が自己であり、個性化であると定義します。


無意識との出会いは人を自我意識的な小さな世界観から解放するもの、世界観の拡大は自身の洞察(とうさつ)と決断で行動するのに必要な判断力を、人に与えてくれると言うのです。



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フランスにレイモンダンという騎士があり、叔父に連れられて狩りに出かけ、猪に襲われた叔父を助けようとして誤って殺してしまった。死のうと思って森を彷徨(さまよ)っていたところ泉の傍で三人の水の乙女に出会い、妖精メリュジーヌと恋に落ちた。

メリュジーヌは土曜日だけは自分を捜さない約束でレイモンダンに城を与え、レイモンダンの子として十人の騎士を産んだが、みんな顔に不穏な妖精の印を抱(かか)えていた。あるとき週末になると不在になる妻の不貞を疑ったレイモンダンは妻を捜し、森で沐浴するメリュジーヌを発見するが、その姿は下半身が水蛇だった。

メリュジーヌは嘆きながら竜となって妖精島アバロンへ飛び去った。しかし夫の城に不幸があるとその三日前には姿を顕し、城壁の上で泣いていたという。


【フランスの伝承】ユング心理学の「内的自己(アニマ・アニムス)
リュジニャン城のメリュジーヌの伝説
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パラケルススは〝第一質料(イリアステル)=唯一神の粒子〟を「土星的なもの(パラケルススは土星を「悪魔の住処=すみか」とまで言った。土星はクロノスなど原初神・宇宙体と照応する惑星)」、「街路に投げ棄てられ、たい肥の山に放り出され、汚物の中に見出せる、もっともつまらない遺棄物」と説明しました《パラケルスス『薬剤書=アルキドクセン』など》


神に向けられたこの故(ゆえ)なき罵倒をユングは「第一質料(イリアステル)に内面を投射し、思いがけず自分の無意識と対決した結果パラケルススが陥(おちい)ったヒステリー」とみなします《ユング『パラケルスス論』》。無生物に話しかけられる幻聴や、水の精メルジーネが立ち昇る現象など女神・精霊の幻覚(心に秘めた理想の人物像、ユングはこれを「内的自己(アニマ、アニムス)」と名づけた)についてパラケルススがくどくど書き残しているのは、ユングの見解では「無意識と遭遇した人間が等しく経験する、精神の一時的な崩壊」によるもの、「心的な限界現象」です。


錬金導師が意味不明な多くの暗喩・造語を用いるのは、ユングに因(よ)れば「内的自己矛盾を克服するという過重な役目が、言葉に負わされたせい」です。錬金導師の自己矛盾とは〝賢者の石とイエス・キリストを同一視するのは、どう言いつくろっても異教的〟である事実から目を逸(そ)らし、自(みずか)らを熱心なキリスト者と信じ続けた矛盾です(練金導師やゲーテなど錬金術支持者はクリスチャン)。ユング曰(いわ)く、自身の内的葛藤にまったく気づかない人間は無意識に誇大妄想的な造語を連発し、誰彼かまわず議論を挑む傾向があるのだそうです。


確かにパラケルススは、まさにそのような性格だったと伝説が伝えます。それでも、わたしには異論があるのです。錬金術が暗喩と造語に覆われているのは、それが神殿秘術の模倣だからです。






2019年5月24日金曜日

錬金術練成作業その2・金を作る_「神話と占い」(その74)_






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金の練成作業(投影)
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前もってお断りしておきますが、以下、錬成〝作業〟についてはすべてを寓意としてお読みいただき、ただそのイメージだけを追ってください。実際のところ、そのような手順で目的の物質を抽出したり、目的の化合物を生成することはあり得ません。





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<投影>

「賢者の石」を得たあとようやく「投影」と呼ぶ金の錬成作業に入りますが、すること自体は「大作業」よりずっと簡単です。

「投影」では密閉した「哲学者の卵(フラスコ)」に卑金属と「賢者の石(もしくは代用品としての「金」)」を入れ、「蒸留釜(じょうりゅうがま、アタノール)=自然の光」で熱します。

加熱時間はパラケルスス流では
(1)「一日目(太陽)→煆(か)焼」、
(2)「二日目(月)→腐敗」、
(3)「三日目(火星)→溶解」、
(4)「四日目(水星)→蒸留」、
(5)「五日目(木星)→昇華」、
(6)「六日目(金星)→結合」、
(7)「七日目(土星)→固定」、の七日間七段階に分かれ、ゆっくり進みます。

この間練金導師たちは星辰の動きと火加減に気を配り、工房内の礼拝所で燃え続ける「塩」の炎へ、祈りを捧げていれば良いのです。

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このような作業で「賢者の石」や「錬金薬(エリクシル)」、「金」を作ることが不可能なのは練金導師本人もわかっていたのですが《デッラ・ポルタ=一五三五頃~一六一五、『自然魔術』など》、それでも彼らは難解な学問に取り組み、費用と手間のかかる錬成実験を繰り返しました。


ちなみに「賢者の石」は限りなく入手困難なため、「投影(金の錬成作業)」では代用として天然の金が使われます。西洋錬金術は「金」を造(つく)るどころか「金」を浪費する術なのです。


錬成作業を行う場所は、黄道(円)に似たアーチ形の入り口を持つ奥行きのある工房で、礼拝所は東向き、作業所は西向きに配置され、小さな礼拝所に設けられた天蓋の下で「塩」の炎が燃えています。「アーチ形の入り口を持つ奥行きのある工房」を「洞窟」と見なし、その奥に築かれた小さな礼拝所に不滅の炎が燃えている光景を思い浮かべれば、練金導師たちが何をしようとしていたかは明白です。


彼らは、洞窟奥の祭壇で永遠の炎を守っていた、女神神殿の巫女や神官と同じ境遇になる努力をしていました。練金導師たちは巫女たち同様に占星術を学び、冶金(やきん)術・薬学を駆使して病気治し・世直しを試み、修行のため自(みずか)らの肉体を作業のために酷使して、巫女と同じ「神人合一」を目指したのです。

「大作業」と「投影」の工程をよく見てみれば、どちらも
(1)「融合(「哲学的結婚」「煆(か)焼」)
  ↓
(2)「死(「黒化」「腐敗、溶解」)
  ↓
(3)「消滅(「白化」「蒸留、昇華」)
  ↓
(4)「誕生(「赤化、発酵」「結合、固定」)」という、
同様の過程を経(へ)て目的物を獲得するのがわかります。


「融合(女神との性交)→死→消滅→誕生」の形式は、春の芽吹きを招来した古代の豊穣祭や、より強くなるため犠牲死による再生を目指した、古代の成人儀式に似ています。


「自然の光(塩の炎)=蒸留釜、アタノール」で蒸留されたのは、本当に硫黄と水銀だったのでしょうか。練金導師の工房自体が「自然の光(塩の炎)=蒸留釜、アタノール」であり、蒸留されて生まれ変わったのは卑金属ではなく、練金導師本人の心と身体(からだ)だったと考える方が、論理的には自然です。





2019年5月23日木曜日

錬金術練成作業その1・賢者の石を得る_「神話と占い」(その73)_




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星辰(せいしん)と錬金術
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古代エジプトや古代ギリシア・ローマ世界で盛んだった惑星信仰(犠牲中の肝臓に関しての記録など)に、「惑星(天上界=マクロコスモス)と金属、惑星と人体器官(地上界=ミクロコスモス)は照応する」という考えがあります。


太陽(ギリシア神ヘリオス、ローマ神ソル)は「金」、
(ギリシア神アルテミス、ローマ神ディアナ)は「銀」、
火星(ギリシア神アレス、ローマ神マルス)は「鉄」、
水星(ギリシア神ヘルメス、ローマ神メルクリウス)は「水銀」、
木星(ギリシア神ゼウス、ローマ神ユピテル)は「錫」、
金星(ギリシア神アプロディーテ、ローマ神ウェヌス)は「銅」、
土星(ギリシア神クロノス、ローマ神サトゥルヌス)は「鉛」に対応し、
同時に太陽は「心臓」へ、月は「頭」へ、火星は「胆嚢」へ、水星は「肺」、木星は「肝臓」、金星は「腎臓」、土星は「脾臓」へ影響を与えるというものです。


「星辰(太陽、月、星の総称)」のこの支配力を古代人は「運命」とみなし、何らかの要因で惑星間のバランスが狂い惑星の力が弱まったとき、人は病気になると考えました。星辰の影響で起きた病気や怪我には、病んだ器官に対応する金属が有効に働きます。病気を起こすほど力を落とした惑星に、照応関係にある金属が新しい力を与えるからです。この考え方があったため古代人は冶金(やきん)術に熱心でした。古代バビロニアなどで金属の製造技術が早くから発達したのは、装飾品や武器を製造する外(ほか)、医術に用いる目的もあったせいです。


ギリシア世界では金属を含めた宇宙は「四大(水、土、空気、火。プラトン『ティマイオス』など)」から成ると考えましたが、パラケルススはこの説を採(と)らずアラビア起源の〝すべての金属は「硫黄」と「水銀」で出来ている〟とする説へ、新たに「塩」の元素を加え〝七つの金属(金、銀、鉄、水銀、錫=すず、銅、鉛)は「硫黄」「水銀」「塩」から成る=「三元」〟としました《パラケルスス『奇蹟の書=オプス・パラミヌム』》。ちなみにアラビア錬金術由来の「硫黄」と「水銀」は「火(神)」と「水(魂)」の寓意ですが、パラケルススが追加した「塩」は「個体」、つまり人間の「肉体」を寓意したように見えます。


西洋錬金術の作業は、卑金属を銀に変える〝「白い石」を生成する作業=小作業〟と、卑金属を金に変える〝「赤い石」を生成する作業=大作業〟とに分かれます。「賢者の石(哲学の石、思弁の石、など)」は辰砂(硫化第二水銀)と混同され「〝赤い〟石」だと言われますが、これは「統合」の寓意と思われます。水銀の硫化物(硫化第二水銀)を熱すると硫黄が燃えるのと同じ成分の煙を出すことから、辰砂が「硫黄」と「水銀」の二元論を統合する〝創造神的〟物質とみなされていたようです《澤井繁男著『魔術と錬金術』》


練金導師は「賢者の石」を「小宇宙における〝十字架の上のイエス・キリスト〟」、「第五元素(エーテル。アリストテレスが主張した「天界の物質」、水・土・空気・火に続く第五の元素)」などと呼びました。「賢者の石」は彼らにとって〝神的・天界的〟存在なのです。




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賢者の石を得る
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前もってお断りしておきますが、以下、錬成〝作業〟についてはすべてを寓意としてお読みいただき、ただそのイメージだけを追ってください。実際のところ、そのような手順で目的の物質を抽出したり、目的の化合物を生成することはあり得ません。





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<大作業>

「赤い石(賢者の石)」を得るためには、まずその素材となる「第一質料=イリアステル《アリストテレス》」を見つけ出さねばなりません。

「第一質料(イリアステル)」は四大を構成する「第一(動)者=神」の質料、イスラムで言うところの「唯一神の粒子」です(アリストテレスは「存在するもの」をエイドス=形相とヒュレー=質料に分けた。形相=けいそうは目的、質料は素材)。第一質料は自然界のどこで見つけても良いのですが、通常は金と銀を「純化」させて得ようとします。

過程としては金・銀を溶解して「塩」を得、その塩を結晶化し加熱後に分解して、残留物をさらに酸で溶かすと「硫黄」と「水銀」が抽出される手筈です。

「硫黄」は「太陽・王」と呼ばれて男性を象徴、「水銀」は「月・女王」と呼ばれて女性を象徴、両者を「司祭」の象徴である「塩の火」で熱することで、「結合(結婚)」式が行われます。

硫黄と水銀の二原理の結合は「化学の結婚」「両性具有神の誕生」と言われますが、「哲学者の卵」「ヘルメスの壺」などと呼ばれるフラスコに入れ、〝atanor(「自然界の光=不滅の炎」を意味する綴り換え語=アナグラム)〟という蒸留窯(じょうりゅうがま)で熱を加えるだけのことです。天体の動き(「結合は五月に行われなければならない」など、多くの暦的制約がある)を気にしつつ、
(1)「哲学的結婚(反発しながら混ざる)
(2)「黒化(腐敗して黒くなる)
(3)「白化(溶けて白くなる)
(4)「赤化(固まって赤くなる)」という加熱段階を経(へ)
(5)「哲学者の卵」を割って取り出したものを再び溶けた金で発酵させると、完全な「賢者の石(赤い石)」が作れます。

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言うまでもなくすべてが寓意であり、机上の空論です。「第一(動)者=神」たる第一質料(イリアステル)を前もって見つけなければいけないところから、早くも論理が破たんしています。実際の作業では、本物の硫黄と水銀をフラスコに入れ、蒸留窯(じょうりゅうがま、アタノール)で熱したようです。






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