2019年5月19日日曜日

錬金導師ファウストと新プラトン主義_「神話と占い」(その69)_






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「心体二元論」と魔術思想
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「生命の等価交換」の法則は中世になると変容を遂げ、「魔術を用いて分不相応な望みを叶えた人間は、神の報(むく)いを受け死んだあとで地獄へ堕ちる」という、「神の報(むく)い」理論に行き着きます。この法則では、叶えてもらった欲望に見合うだけの自己犠牲が払えない場合、人は未来永劫に亘(わた)り地獄で償(つぐな)いをしなければなりません。


カトリーヌ・ド・メディチ(一五一九~一五八九、フランス王妃、子どもは全員夭折)やコルネリウス・ハインリッヒ・アグリッパ(一四八六~一五三五、カバラ神秘思想家、野垂れ死)、パラケルスス(酒場で喧嘩し野垂れ死)など、魔術に関わった人々の死にざまがあまり良くないのは、本来ならば社会福祉のために利用すべき神の霊力を、自己犠牲も払わず営利目的で用いたからだと言われます。パラケルススは四十八歳で病死しますが、酒場で喧嘩し撲殺(ぼくさつ)されたという説があるほどです。


本当のところパラケルススが「殴られて死んだ」のか、「持病が悪化して死んだ」のかは今に至るまではっきりしません(「電信機」の発明で知られるサミュエル・トーマス・フォン・ゼンメリング医師が遺体を掘り出して解剖し、頭部に外傷を認めたが、持病のクル病によるものという可能性もあった)


にもかかわらず前述のように伝えられるのは、人間の思考回路を「生命の等価交換=神の報(むく)い」理論が強く呪縛しているせいです。もちろん、太古以来続いていた犠牲死への恐怖心が、「秘術(オカルト)拒絶性」のような精神的外傷(トラウマ)を人間の心に残しているという現実もあるのでしょう。


いずれにせよ、聖職者でもないくせに神殿秘術に通暁し、社会的成功を収めた知識人に向けられる社会の目はどの時代も厳しく、その功績は常に「聖なる秘術を、自身の野望達成のために利用した」という風評でもって台無しにされます。


ドイツでは「オカルト拒絶性」と「〝神の報(むく)い〟理論」が、ゲーテ(ヨハン・ウォルフガング・フォン・ゲーテ。一七四九~一八三二、ドイツ古典主義文学を大成、『若きウェルテルの悩み』『詩と真実』など)作『ファウスト』、トーマス・マン(一八七五~一九五五、ヒューマニズム作家。『魔の山』『ヴェニスに死す』など)作『ファウスト博士』などのモデルとなった「錬金導師ゲオルク・ファウスト(ヨハン・ファウストとも)」伝説を生み出します。


錬金導師ファウストは一四八〇~一五四〇年頃ドイツに実在したと信じられている魔術師で、社会的成功を収めたのち悪魔に空中で振り回され、脳髄(のうずい)を壁に飛び散らせて死んだ「悪魔との契約者」です。「〝神の報(むく)い〟理論」は「神の霊力を不正に利用した人間は、悪魔にとり憑かれて死ぬ」という社会通念にまで発展し、それがファウスト伝説のような「創造神の霊力を仲介できる高位の悪魔(メフィストフィレス)が、成功の代償として死後の魂を要求する」物語形式を生むのです。


この際ありていに言ってしまえば「(神殿)秘術」とは第一に酩酊剤や暗示を駆使し神の御霊を人間に写す神人合一の「祭儀」、神人合一向きの健(すこ)やかな肉体を育成する「体育」、星辰(せいしん)と星宿(せいしゅく)など宇宙秩序を学ぶ「学問」に大別でき、「神人合一」はイスラム神学で「心体合一」とも表現されるように、人間の深淵に潜(ひそ)む「天界なるもの=心」と、その外殻である「地上なるもの=身体」との統合を目指した「人間完成術」です。


学問を身につけ優れた肉体を持ち、しかも心と身体とが完全に調和した状態というのは、日本風に言えば「心技体の一致」でしょうか。このすべてを実現させた人物(女王、聖王)にしか国の将来は委せられないと、古代人は考えていたようです。


プラトン(紀元前四二七~前三四七、「イデア論」「国家論」など)は、「魂はイデア(天の実在)との出会いを求め上昇しようとする《『パイドロス』》」と書きました。これは「〝上昇する魂〟論」として知られます。また、「不滅である魂に対し、肉体は一過性のもので生死の円環とは無縁である《『パイドン』》」とも書きました。どちらも師であるソクラテス(紀元前四六九頃~前三九九頃、著作物を遺さなかったので、その思想はプラトンの記録から推測するほかない)の発言ということになっていますが、ソクラテス自身は著作物を書き残さなかったため、プラトンの「心体二元論」として知られます《一七世紀デカルトの「心身二元論=体は延長実体、心は思惟実体」ラ・ラ・デカルトとは別のもの》


その後アリストテレス哲学(紀元前三八四~前三二二、プラトンの弟子、「形而上学」「倫理学」「論理学」「自然学」など)、ストア主義(ヘレニズム期の哲学、非政治的個人主義を基盤とした禁欲主義)に押され下火になっていたものの、二世紀末頃、自称プラトンの息子(真実ではない)ユリアヌスが、カルデア(メソポタミア南東の湖沼地帯)の神殿で亡き父の霊と対話して授(さず)かったという『カルデアの神託』が広まり、プラトン思想の主要部分が復活します。宗教化されたプラトン哲学と降神術ノウハウが一緒になった謎の書『カルデアの神託』に始まる魔術思想は、「新プラトン主義」と呼ばれます。


「錬金術」の基礎になっているのは、この「新プラトン主義」と「ヘルメス思想」の心体二元論です。




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勤勉な農夫が臨終の床で「畑の下に金を隠しておいたから、掘り出して使いなさい」と、欲深で怠惰な息子たちに言い残した。息子たちは早速畑を探索するが、農園中隈なく掘り起こしても亡き父が隠した黄金は発見できなかった。

しかしせっかく畑を掘ったので、息子たちはそこへ仕方なしに小麦を植えた。小麦は豊作となり、大金をもたらした。収穫後、未練たらしくもう一度農園を掘り起こした息子たちは、やはり黄金を発見できず小麦を植える。

これを何度か繰り返すうち、彼らは以前は知らなかった季節の移り変わりを知り、労働に慣れ、正直で満ち足りた農夫になった。今では自分たちの父親がどうしてあんな遺言をしたのか、彼らにもようやく理解できる。やがて彼らは、探し出したいと思っていた黄金に勝(まさ)るほどの富を得た。

人の運命や人生の意味を理解させる教えとは、この寓話の、父親の遺言のようでありたい。



【イスラム神秘主義思想】伝ハサン・バスリー「慾深い息子たちへの遺言」
美沢真之助訳『スーフィーの物語』
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