2019年5月20日月曜日

ヘルメスの書・エメラルドタブレット_「神話と占い」(その70)_






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呪術と魔術の境界線
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「ヘルメス思想」というのはアレキサンダー大王(紀元前三五六~前三二三)東征後エジプトの神殿を支配したギリシア人神官たちが、ギリシアの知恵神ヘルメスとエジプトの知恵神トトとを習合させた架空の哲学者「ヘルメス・トリスメギストス(三倍偉大なヘルメス)」をアレクサンドリアで創り上げ(紀元前四世頃)、そのヘルメスが書いたという「ヘルメス文書(三世紀頃成立)」を大量に偽造して、ローマ帝国支配下の世界へ広めた「哲学もどき」です。


その内容はエジプトの伝統的な神秘主義・占星術・医術などとギリシア伝統思想との融合であり、「天界=神(マクロコスモス)」と「地上=人間(ミクロコスモス)」は感応し「大なるものは小なるものに作用する」、つまりマクロコスモスがミクロコスモスを上昇・解脱させると主張する二元論です(人間を「ミクロコスモス」とするのはデモクリトス「原子論」の借用)


ゾロアスター教「善悪二元論」やオルペウス教、新プラトン主義、ヘルメス思想、ミトラ教、グノーシス論などの「心体二元論」は最終的には「善神(ゼウス・ディオニュソス)と悪神(ティタン)」の統合、つまり「心(神)と身体(人間)」の統合を目指すものです。これら対立物の「合一」はマクロコスモス(善神・神・魂)がミクロコスモス(悪神・人間・肉体)を吸収する形で為(な)し遂げられ、そのときの衝撃を「最終戦争」とか「終末」などと説明します。しかし「統合」「融合」「合一」にともなう衝撃は世界がより強く「更新」するための一過性の苦しみです。乗り越えたあとには、永遠の幸福が訪れることになっています。

西洋練金導師たちが化学・工業技術分野に多大な貢献をしたせいで見落とされがちですが、魂の上昇を第一義としたこと、魂(ミクロコスモス)の上昇には信仰心(マクロコスモスの助けを借りること)が必要不可欠としたことなど考慮するに、「錬金術」は基本的に宗教です。たとえば黄金錬成に必要な「賢者の石」を、パラケルススを含む練金導師たちは「小宇宙における〝十字架の上のイエス・キリスト〟」と説明し、「小宇宙の息子イエス・キリスト」と「大宇宙の息子ヘルメス」は照応関係にある、と論じました。彼らはこの世でイエス・キリストを信仰することは、天界のイデア(自身の実存)がヘルメスを信仰すること、その信仰に打ち込むことが魂を上昇させる道だと、考えていました。


「魔術=magic」はもとは「マギ僧=magia」の意味、彼らが行った呪術全般を指した言葉です。本当のところ「マギ」はマズダー教やゾロアスター教など「メディア(ペルシア・イラン)」にいた聖職者の総称ですが、古代ローマにおいては帝国内で絶大な人気を誇ったミトラ教聖職者の呼び名であり、イエス・キリスト生誕に際して「聖母子へ祝福を授ける三博士」として『福音書』にも取り込まれました(生誕後三人のマギ僧にこの世の使命を教えてもらう「ミトラ伝説」の模倣)。しかし国教化されたあと初期教会は彼らを異教崇拝者として弾圧し、その「呪い・呪(まじな)い」の技を封殺しました。


教会の言う「魔術」とは、イエス・キリストの秘蹟(ひせき)以外を用いる「呪術」のことです。逆に言えばキリストの名の下(もと)に行えばいかなる呪術も魔術ではなく、テオドシウス大帝(ミラノ司教アンブロシウスから破門)を始めとしてハインリヒ四世(神聖ローマ帝国皇帝在位一〇五六~一一〇六、教皇グレゴリウス七世から破門)、ジョン王(イギリス王在位一一九九~一二一六、教皇インノケンティウス三世から破門)など、教会に呪いをかけられた被害者は数えきれません。ミサ(キリスト教祭儀)で破門を言い渡すことは、イエス・キリストの名において「地獄へ堕ちろ」と呪うことです。


しかし呪術に用いた神の名で魔術かどうか決まるというのは司祭側の勝手な言い分であり、市井(しせい)感情においてはその祭儀が社会福祉を目的としたものかどうか、祭儀の主催者や依頼者がそれまで犠牲的精神を発揮して社会貢献してきた人物かどうかが最大の関心事であり、それが「呪術」と「魔術」の境界線であったことは前述のとおりです。


イブン・ハルドゥーン(アブー・ザイド・アブダルラフマーン・イブン・ムハンマド・イブン・ハルドゥーン。一三三二~一四〇六、北アフリカ・チュニス生まれのアラブ人歴史家、『イバルの書』など)はその著書『歴史序説(『イバルの書』冒頭)六章』において「魔術・呪術」を、「人間の魂がどのように準備されれば、何の助けもなしに、あるいは天の助けでもって、元素の世界へ影響を与えることができるかを示す学問である」と定義します《「イスラムと魔術」東京大学教授・竹下政孝、中東協力センターニュース2000》。この説明からすれば魔術イコール反イスラムとは見えないのですが、イブン・ハルドゥーンはそのくせ「魔術(呪術)はすべからく禁止されている」との立場をとる、イスラム法学者でもありました。


では魔術・呪術と正当イスラムとの違いは何かと言えば、どうも「神への愛・挺身(ていしん)精神」があるかないかということに尽きるらしく、正統イスラム的には「何の助けもなしに、あるいは天の助けでもって」の部分が断じて容認できない模様です。そもそも「イスラム」とは「挺身(ていしん)」「信仰」「絶対帰依」を意味する言葉だそうです。一個人の意志が「元素の世界へ影響を与える」という態度とは、本質的に相容れないのかもしれません。




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<エメラルド碑(タブレット)>※英語版より



こは真実である、偽(いつわ)りなく、もっとも確かな真実である。


唯一(ゆいいつ)なるものの奇跡の実現において、
下にあるものは上にあるもののごとく、
上にあるものは下にあるもののごとく。


万物は「一者(いっしゃ)」の瞑想によって「一者(いっしゃ)」から流出する。
ゆえに万物の起源は「一者(いっしゃ)」の適合に起因(きいん)する。


「太陽」は父であり、「月」は母である。


「風」が受胎し、「大地」がその乳母となる。


すべての界(レベル)の完全なる父が、ここに在(あ)る。


大地に展開されるとき、その神威と力はすべてを網羅する。

七a
偉大なる手腕によって大地から炎を分かち、
粗雑なものから精妙なものを、優しく分かつことだろう。


それは地上より天上界へと昇(のぼ)り上がり、
また地上へと降(お)り下って、
優れたものと劣るものとの力を、ともに受領する。


この過程を経て汝(なんじ)はすべての界(レベル)の栄光を手にし、
不明瞭なものは汝(なんじ)の手から、消え去ってゆくだろう。


その神威はあらゆる神威を超越する。
なぜならそれはいかなる曖昧さをも退(しりぞ)け、
いかなる硬いものをも貫きとおすからである。

十一a
かくのごとく世界は創造された。


十二
かくのごとき手段と過程の、あっぱれな適合があること、
かくのごとく成し遂げ得(う)ることを、ここに記す。

十三
かくして我は世界の哲学の三部を所有するという意味で、
「ヘルメス・トリスメギストス」と呼ばれるに至る。

十四
太陽を管理することについて説明し、完了し、終わった。


【錬金術思想】ヘルメス・トリスメギストスの書
アイザック・ニュートン英訳版『エメラルド碑(タブレット)』より
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