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意識と無意識
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無生物に話しかけられる幻聴や、水の精メルジーネが立ち昇る現象など女神・精霊の幻覚(心に秘めた理想の人物像、ユングはこれを「内的自己=アニマ、アニムス」と名づけた)についてパラケルススがくどくど書き残しているのは、ユングの見解では「無意識と遭遇した人間が等しく経験する、精神の一時的な崩壊」によるもの、「心的な限界現象」です。
確かにパラケルススは、まさにそのような性格だったと伝説が伝えます。それでも、わたしには異論があるのです。錬金術が暗喩と造語に覆われているのは、それが神殿秘術の模倣だからです。
パラケルススが第一質料を罵(ののし)ったのは、わたしの考えではおそらく神殿秘儀である「蘇(よみがえ)りの言祝(ことほ)ぎ」の模倣です。聖婚による生け贄死を退(しりぞ)けたギルガメシュや、妻である女神ヘラを吊るして創造力を奪い取った至高神ゼウスが、自(みずか)らの自立(再生)を言祝(ことほ)ぐため前の創造女神たちに浴びせた決別の言挙(ことあ)げを、著書の中で真似たものではないかと思います。
神殿秘儀は「秘儀」なので、この言挙(ことあ)げ自体に何の意味があるのか判然としませんが、古代における「生命の等価交換」の法則に関係があるのは確かです。新しい創造神として生まれ変わったからには、前の創造神の力が完全に無効になったことを、新しい創造神自身の言葉によって、天地空、高らかに宣言する必要があったように映(うつ)ります。
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[豊穣女神イシュタルへの、ギルガメシュの罵倒]
御身は砕けた氷、風も遮れない壊れた扉、英雄を潰す王宮、蓋のない壺、乾かないアスファルト、漏れる皮袋、砂になった石灰石、崩れた城壁、主人の足を噛む履き物です。
【メソポタミアの神話】ギルガメシュの罵倒
粘土板「ギルガメシュ叙事詩」
⌒⌒⌒⌒⌒⌒⌒⌒⌒⌒⌒粘土板「ギルガメシュ叙事詩」
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[地母女神ヘレ への、至高神ゼウスの罵倒]
ヘレ(ヘラ)よ、其方は何とも手に負えぬ女、勇者ヘクトル(トロイア王子)の力を削(そ)ぎ、トロイエ勢(トロイア勢)を敗走に追い込んだのは、きっと其方(そなた)の企(たくら)みに違いない。自分の悪巧みの報(むく)いを受け、またしてもわたしの鞭でしたたかに撲(う)たれたいか。
【ギリシアの神話】ゼウスの罵倒
ホメーロス『イーリアス』
⌒⌒⌒⌒⌒⌒⌒⌒⌒⌒⌒ホメーロス『イーリアス』
同様に、パラケルススが書き残した無生物に話しかけられる幻聴や、水の精メルジーネが立ち昇る幻覚は、硫黄や水銀を〝洞窟のような作業場〟で長時間熱したために起きた、一時的な酩酊状態の記録ではなかったでしょうか。パラケルススの生涯が短かったのは持病のクル病に加え、このように危険な錬成実験を繰り返し、呼吸困難と酩酊にその身をさらし続けた結果なのだと思います。
ではそもそも何故、不可能だとわかっている錬成実験を苦労して繰り返す必要があったかと言えば、それは錬金術が神殿秘儀の模倣だからです。「グノーシス論」における魂の上昇を目指す方法論は、前述したイスラム神秘主義に見るとおりです。錬金導師たちは自(みずか)らの「心(魂)の学び」のため、一見無意味に見える「神殿秘儀=永遠の炎の管理」に努めていたのだと思われます。
たとえばパラケルススの錬成実験が黄金を創る目的ではないことは、その活躍当時から知られています。パラケルスス自身「自分は金は創(つく)らない、実験するのは医薬品生成のため」と、著書に記しているからです《パラケルスス『薬剤書=アルキドクセン』など》。
「心(魂)の学び」を追求し、「四六時中竃の前で額に汗して研究した(パラケルスス自身の表現)」結果、パラケルススは「すべてのものは毒であり、毒でないものは存在しない。その服用量こそが、毒であるかそうでないかを決める」という発見に至り、阿片へ香料を加えた鎮痛剤としてのアヘンチンキを発明します。パラケルススは多くの功績を歴史に残しました。結果論的には、その「心の学び」は完全に成功したと言えるでしょう。
ところで「上昇と下降」は、「心体二元論」における「魂の上昇」思想の根本原理です。人間の魂は本来的に上昇を希求し、神の子イエス・キリストなど「半神」は魂の救済のため、本来的に下降します(ヘルメスの杖=カドゥケウスに巻き付く二匹の蛇も「上昇と下降」を表す)。
古代人はこの「魂の上昇」と「神の子の下降(「神霊の下降」ともいう)」が同時に行われることが「宇宙の再統合」を促(うなが)し、新しい生命を「誕生(再生、復活)」させると考えました。つまり、吊り上げられて死んだ犠牲(花)が空中(創造神の領域)で女神と結合し、神の子(半神)になって下降(降臨)するや、地上に穀物が実るように、です。「春(花の頃)」は古来より人間神(犠牲)と女神(創造神)との「合一」の象徴、錬金術工程が春の五月に行われなければならないのは、金の錬成を宇宙の再統合時期と同調させるためでした。
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