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生き血を求める女神たち
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仔牛を想う母牛の心臓のように
仔羊を想う母羊の心臓のように
アナテの心臓は雨の神バアルを恋い慕う
アナテは死神モトの衣の袖にすがったり
外套の裾にしがみついたりして
モトの歩みを前に後ろに遮(さえぎ)りながら泣き叫ぶ
おお、モトよ、我が弟を返しておくれ
すると死神モトが答えて曰く
おお、アナテよ、其方(そなた)は何ということを希(のぞ)むのだ
我はどこへも足を伸ばす、どんなさいはてにも手を伸ばす
大地の心臓へ続く、いかなる山へも
国の真ん中にある、いかなる丘へも
生命は人のあいだに堕ちたのだから
生命は大地にはびこる群衆のあいだにこそ、あるのだからな
我は豊穣の喜びの背後から忍び寄るものなのだ
それは死の岸辺というものの公正な路(みち)なのだ
つまりは我こそが、至高のバアルのお株を奪った簒奪者なのに
つまりは我こそが、至高のバアルをこの口の中で仔羊肉のように喰らったのに
至高のバアルは、この顎に運ばれ、仔山羊肉のように堕ちて行ったのに
嗚呼、そうだよ忌々しくも、至高神の栄光は、熱く輝き燃えたぎっていたとも
我のおかげで、天界における栄光ならば、むしろ前よりいやましていようぞ
死神モトはそう、自(みずか)らの主張を訴えた
アナテはそれでも、バアルを復活させてと懇願した
何日も、何ヶ月も、それは続いた
処女神アナテは死神モトに乞い続けていたが
しかし結局、恐ろしい破壊女神の気性が暴力に訴える
アナテはモトに掴みかかり
剣で切り裂いて
熊手で掻き分けて
火で焼いて
石臼で挽いて
土の中にまき散らした
モトの残骸は鳥がついばみ
モトの断片を野生の生きものが食べつくし
モトの残骸の残骸は粉々に分散して消えていった
するとかつてバアルを産んだ、創造神エルが夢を見る
バアルの肉体は滅びたのに
見よ!至高の神、豊穣神バアルは生きている
見よ!大地の主、創造神の御子バアルは生きているではないか
【カナンの神話】死神モトを殺し豊穣神・雨の神バアルを産み直す処女神アナテ
ラス・シャムラ遺跡で発見された粘土板、REV. PROF. JOHN GRAY M. A., B. D., Ph. D.
⌒⌒⌒⌒⌒⌒⌒⌒⌒⌒⌒ラス・シャムラ遺跡で発見された粘土板、REV. PROF. JOHN GRAY M. A., B. D., Ph. D.
女神アナテは古代の都市国家ウガリット(現シリア南部ラム・シャムラ)において信仰された戦闘女神で、ギリシア神話の戦闘女神アテナや、蛇の髪を持つ怪物メデューサの原型になったと言われる処女神です。
紹介したエピソードでは、処女神アナテは雨の神バアルを取り戻すため死神モトを殺し、死者と入れ替わらせることで「豊穣」を産み直します。性交を介さない神産みであって、これはもっとも古い「永遠の乙女《コーラン》」の在り方であり、「処女懐胎(『福音書』)」の姿です。
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