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アイネイアースの金枝
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焼け落ちるトロイアから脱出したトロイア王子アイネイアースの一行は、漂白の末、イタリアのクマエの港に上陸した。
さっそくアイネイアースは、亡き父・アンキセス公の霊に言われたとおり岩山の洞窟にいた太陽神アポロンの巫女シビュレーに会うと、冥府詣への力添えを依頼する。シビュレーは「普通の人は生きたまま冥界へは行けない。行くことができても、生きて帰ることはできない」と言いながら、「もしも黄金の大木を見つけ出すことができて、その小枝を手折ることができたら、冥界の女神プロセルピナ(女神デメテルの娘、ギリシア名ペルセポネ)もお許しになるだろう」と付け足した。やがてプロセルピナに捧げられた森で黄金の大木を見つけたアイネイアースは、巨木の上に巻き付いた金色に輝く小枝を折り取り、それを手にして冥府へ降りる。
冥府へ行くとアイネイアースは戦死したトロイア勇者たちに再会して涙を流して慰め合い、父に会うと自分のために準備された栄光の未来と、それを手に入れるため耐えねばならない試練について説明を受け、避けることのできないつらい運命に立ち向かう心構えを、懇々と諭された。
生還したアイネイアースはトロイア人を率いてティベル河から再上陸、そこを定住地とすべく先住ラティウム族との死闘を耐え抜き、ティベル河畔ラウィニウム(ローマ)を勝ち取った。
【ローマ建国神話】漂白するトロイア王子アイネイアース
ウェルギリウス『アイネイアース』
⌒⌒⌒⌒⌒⌒⌒⌒⌒⌒⌒ウェルギリウス『アイネイアース』
〝ローマ建国の祖〟アイネイアースの冥府探訪はサー・ジェイムズ・ジョージ・フレイザー《一八五四~一九四一。民俗学、宗教学に影響を与えた人類学者、『金枝篇』》が『金枝篇』でとり上げたエピソードで、たいへん有名なものです。フレイザーの意見をざっと要約すれば、
(1)
「黄金の大木」はインド・ヨーロッパ語族民が共通して信仰したオーク(樫)の木である。
(2)
しかもこの説話で語られるのはヤドリギが寄生して金色に見える特殊なオークである。インド・ヨーロッパ語族民はオークに寄生したヤドリギを特別に崇拝し家の中に飾っておくことがあるが、切り取って数ヶ月経ったヤドリギは全体が白っぽい黄色に変わり「黄金」に近い色になる。
(3)
寄生木であるヤドリギは根があるようには見えず、一見宙に浮いているように見える。宙に浮いているのは古代においては重大なモチーフで、それは「霊魂の在処」そのものである。
(4)
故に、アイネイアースが手折って冥府へ伴ったのは神木オークの霊魂である。オークの霊力に守られたせいで、アイネイアースは冥府から生きて帰れた。
(5)
この物語は(ラテン、ケルト、ゲルマンなどの)初期の王たちが、どのように選ばれたかを伝えている。
と、いうことになります。
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フレイザーによれば、古代(青銅器時代~歴史時代の黎明期)において王位に就くということは森の女神と婚姻を結ぶことを指し、次なる王位継承権を主張するには女神に捧げられた聖木のヤドリギを折り取って、現在王位にある相手へ投げつける必要があったのだそうです。ヤドリギの小枝を投げつけられた側は嫌でもこの挑戦を受けねばならず、勝てばもう一年玉座を守り、負ければ「僭主(王たる資格がない不正な王)」として断罪されて、女神の生け贄として死ぬ運命でした(戦いに敗れた挑戦者も同様の死を迎える)。こうして古代の共同体は強い王、偉大な王を維持し続け、暮らしの安寧を守ったのです。このように継承される権威のない王を、文化人類学では「聖王」と呼びます。
また、この「王位継承権を明示する小枝」が、前述した王笏の原型です。それが小枝であるのは、「宙に浮いて見える」ところに生い茂った、〝中空〟の枝でなければいけないからです。ただし、天空神・至高神のシンボルであった「稲妻(「男根」の寓意)」が王笏(おうじゃく)になったという、フレイザーとは異なる説も存在します《稲妻(男根)=蛇がヘルメス杖の起源という説。ジョーセフ・キャンベル『神の仮面』など》。
フレイザーの見解は、文化人類学的・民俗学的に非常に重要なものです。しかしながら、「大嘗祭(おおなめさい、天皇即位式)における稲穂の役割や正月の松飾りが連想されるものの、インド・ヨーロッパ語族に属さない身としては神木オークや、クリスマス飾りのヤドリギ起源に特筆すべきものを感じません。気になるのはオーク(樫)やヤドリギではなく、黄泉の国から帰ったあとのアイネイアースの大活躍です。
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