2019年3月21日木曜日

ディオニュソスとオルペウス_「神話と占い」(その10)_







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ディオニュソス信仰とオルペウス教
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ディオニュソス信仰の歴史は古く、ギリシア文化圏ではミケーネ文明(紀元前一四五〇頃~前一一五〇頃)に遡(さかのぼ)ります。そこではディオニュソスは、父なるゼウスの青年相にすぎません(ゼウスの元名ディアウスと、ディオニュソスの元名ディウォヌソスは同じ語の派生形)。つまりディオニュソスは至高神の嫡子というより、父なるゼウス本人です。これは娘コレー(春女神)が母なるデメテル(豊穣女神)のもうひとつの顔であり、母自身であるのと同じ仕組みです。

そういう意味では、ディオニュソスはインド・ヨーロッパ語族(インド・イラン人、ガリア・ケルト人、ゲルマン人、ラテン・ギリシア人など)系宗教の特徴である至高神の形態「三相の神」の一郭です。そこでは美しいディオニュソスは春の神であり、その表の顔は自らの父でもある至高神ゼウスであり、二柱の破壊相がポセイドン(荒海の神、冥界神)、もしくはバッカス(冬の神、酒神、冥界神)になります。なのでディオニュソス信仰自体はデメテル信仰やゼウス信仰と同じ、豊穣祈願のための牧歌的な祝祭宗教です。



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ディオニュソス信仰とオルペウス教
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一方、オルペウス教(紀元前八○○頃~)は既存の神ディオニュソスをクレタ(紀元前三六五○頃~前一一七○頃)の救世主「ザグレウス」と同定して非業の死を遂げさせ、救世主化しました。そうして人間の魂はディオニュソスに属す「善」なるものであるのに、体(ソーマ)は巨人の質(肉体のこと)である「悪」に囚(とら)われ魂を不当に眠らせていると訴えます。

彼らに言わせれば人間は「魂の墓場(セーマ)」であり、「魂の牢獄」《プラトン『パイドン』》です。そこでは人の世の苦しみはすべて、魂の幽閉が原因です。ゆえに人間は巨人の質である自らの肉体を痛めつけ弱らせて、自らの魂を開放しなければなりません。すべての人間の魂が解放されたとき、人間は輪廻を解かれ天上のディオニュソスたる至高神ゼウス・ザグレウスへ吸収されて、この世は未来永劫救済されるのです。

注目したいのは救済されるのが個々の人間ではなく、個人の体に幽閉された魂の断片、つまりディオニュソス神であるところです。

オルペウスは死んだ妻を取り戻そうと冥府下降した末に、ディオニュソスの信女たちに殺され首を伐り落とされる竪琴奏者です。この宗教がオルペウス教と呼ばれるのは、その祭儀においてオルペウスの冥府探訪《オウィディウス『変身物語』》が模倣されるからであり、そこでは十字架は冥界への道のりを先導してくれる魂(ディオニュソス)の形代(かたしろ)です。

オルペウス教には正典も特定の布教地もなく、開祖とされるオルペウス自身が神話上の半神(音楽女神カリオペとトラキア王の子、もしくはムーサの息子のため、宗教というより「心体二元論」を標榜する秘密結社のひとつです。

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-エウリピデスー
さぁ、誇るがよい。
そして、菜食による食事を売り物にするがよい。
オルペウスを教祖として、煙のような多くの書物を後生大事にしながら、バッコス神の祭りを行うがよい。

【ギリシアの神話】エウリピデスが芝居のために書いた台詞(せりふ)
エウリピデス『ヒッポリュトス』
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