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ディオニュソス信仰とオルペウス教
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ディオニュソス信仰の歴史は古く、ギリシア文化圏ではミケーネ文明(紀元前1450頃~前1150頃)に遡(さかのぼ)ります《ピュロスの線文字B粘土板に名前がある》。そこではディオニュソスは、父なるゼウスの青年相にすぎません(ゼウスの元名ディアウスと、ディオニュソスの元名ディウォヌソスは同じ語の派生形)。つまりディオニュソスは至高神の嫡子というより、父なるゼウス本人です。これは娘コレー(春女神)が母なるデメテル(豊穣女神)のもうひとつの顔であり、母神自身であるのと同じ仕組みです。
そういう意味では、ディオニュソスはインド・ヨーロッパ語族系宗教の特徴である至高神の形態「三相の神」の一郭です。そこでは美しいディオニュソスは春の神であり、その表の顔はみずからの父でもある至高神ゼウスであり、二柱の破壊相がポセイドン(荒海の神、冥界神)、もしくはバッカス(冬の神、酒神、冥界神)になります。なのでディオニュソス信仰自体はデメテル信仰やゼウス信仰と同じ、豊穣祈願のための牧歌的な祝祭宗教です。
なお、デメテル、コレー(ペルセポネ)、ディオニュソスで「三相の神」となったり、ディオニュソス自身がデメテルもしくはコレー(ペルセポネ)と同一視されるなど、ギリシアの古い信仰ではディオニュソスはどうも女性として扱われることの多い、両性具有的存在です。そしてそれは、ブドウという植物の性格によるものです。雌雄同株<両性花>の発見がワインの発明を産んだのですが、ディオニュソスはその雌雄同株<両性花>の象徴だったからです。
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ディオニュソス信仰とオルペウス教
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一方、オルペウス教(紀元前500前後)は既存の神ディオニュソスをクレタ《エウリピデス『クレタ人』》の救世主「ザグレウス」と同定して非業の死を遂げさせ、救世主化しました。そうして人間の魂はディオニュソスに属す「善」なるものであるのに、体(ソーマ)はティターンの質(肉体のこと)である「悪」に囚(とら)われ魂を不当に眠らせていると訴えます。彼らに言わせれば人間は「魂の墓場(セーマ)」であり、「魂の牢獄」《プラトン『パイドン』など》です。そこでは人の世の苦しみはすべて、魂の幽閉が原因です。ゆえに人間は巨人の質である自分の肉体を痛めつけ弱らせて、自身の魂を開放しなければなりません。すべての人間の魂が解放されたとき、人間は輪廻を解かれ天上のディオニュソスたる至高神ゼウス・ザグレウスへ吸収されて、この世は未来永劫救済されるのです。
注目したいのは救済されるのが個々の人間の魂ではなく、個人の体に幽閉された魂の断片、つまりディオニュソス神であるところです。
オルペウスは死んだ妻を取り戻そうと冥府下降した末に、ディオニュソスの信女たちに殺され首を伐り落とされる竪琴奏者です。この宗教がオルペウス教と呼ばれるのは、その祭儀においてオルペウスの冥府探訪《オウィディウス『変身物語』など》が模倣されるからであり、そこでは「柳の杖」もしくは「オルペウスの杖(鈎の付いた金の杖)」は冥界への道のりを先導してくれる魂(ディオニュソス)の形代(かたしろ)です。

オルペウス教には正典もなく、まじないが書かれた本を手売りして歩く修行僧(オルフェオテレスタイ: Orpheotelestai)が広めた宗教です。開祖とされるオルペウス自身が神話上の半神(音楽女神カリオペとトラキア王の子、もしくはムーサの息子)で実在性が薄いため、宗教というより「心体二元論」を標榜する、哲学もどき秘密結社のようなものです。
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-エウリピデスー
さぁ、誇るがよい。
そして、菜食による食事を売り物にするがよい。
オルペウスを教祖として、煙のような多くの書物を後生大事にしながら、バッコス神の祭りを行うがよい。
【ギリシアの神話】エウリピデスが芝居のために書いた台詞(せりふ)
エウリピデス『ヒッポリュトス』
⌒⌒⌒⌒⌒⌒⌒⌒⌒⌒⌒エウリピデス『ヒッポリュトス』

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