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オルペウス教の入信儀式
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初期教会では「十字架」を「イエス・キリストが信者の魂を救済すべく地獄へ降り、また昇天するときに随行する"生きた実在"《新約外典『ペトロ福音書』『シビュラの託宣』より、『キリスト教史1 初代教会』第6章》」と考えますが、これは樹木信仰における女神の木製の杖もしくは十字架《テルトゥリアヌス『護教論』第16章、ミヌキウス・フェリクス『オクタヴィアス』第29章》やオルペウスが持っていた「柳の杖」と同じ思想です。ディオニュソス教の祭司として密儀に登場する時は、ディオニュソスの象徴でもある「牧者の杖(蔦杖とは別)」を携えていたと言われます。
秘儀・密儀だったためすべて推測にすぎませんが、パピルスや古代人の墓から出土した金板に記された記述に鑑みるに、オルペウス教の入信儀式「冥府降り(めいふくだり)」では、死んだ妻エウリュディケを連れ戻すべく冥界へ降った、オルペウスの伝説を模倣したようです。

「火と水」を用いて「魂の浄化」をする思想は、「死と再生」を促すためエジプトやメソポタミアの女神神殿で行われていた、古い祭儀に起源があります。オルペウス教もこれに倣(なら)い、火と水による「原罪の浄化」と、禁欲と狂乱を繰り返すことによる「肉体解脱」の二方向から、「因果応報からの完全離脱=自己の永遠化」を試みていたと思われます。
「ディケ」はギリシア世界で「運命・宿業」を表す女神です。そこからオルペウスの「死んだ妻」というのが、死んだも同然である「魂」の寓意とわかります。"生きた実在"を持ち込んだわけですから、オルペウスは、死んだ妻を救いに行くと見せかけ、その実「みずからの宿業(原罪・魂)を冥府の泉水で雪(すす)ぎ浄(きよ)めに行った」のかも、知れません。
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ただし、ご紹介した入信式は一般信徒のためのもので、魔術師(マゴイ)志願者へのそれはもっと普通のセミナーというか新人研修っぽくて、先達の薫陶に耳を傾けてから、滴る水で身を浄め、渡された呪文の書き付けを見ながら自分自身の魂を解放すると、そのあと冥界神をなだめる目的で香木か鳥の供物を捧げた、という感じらしいです。同じ内容の呪文がたくさん出土しているので、貰った呪文は持ち帰り、複製して売ったのだろうと推測します。
マゴイの入信式について、詳しくはデルヴェニ・パピルスについてのベルナベ氏の著作など、ご参照ください《Alberto Bernabé, On the rites described and commented upon in the Derveni Papyrus, Cols. I-VI》。
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なお、該当の碑文は「ブランキダイのアポロンの予言」を、オルペウス碑文と読み間違えている可能性を指摘されています。
ブランキダイの予言というより「ディディマの予言」と、書いた方が馴染みがあるかも知れません。洞窟の中で杖を持ち、流れる泉水に足を浸して予言するものです《イアンブリコス『エジプト秘儀論』第3部11章》。
ディディマというのは現在のトルコ西部にあるリゾート地で、古代ギリシア時代にはアポロン神の予言で有名でした。現在もメデューサ(おそらく)の顔の石像で有名な、大きな遺跡がありますよ。

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