2019年3月18日月曜日

ストラボンが記録した謎の島のバッケー_「神話と占い」(その7)_






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パンと葡萄酒の神
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ディオニュソスには歳神(日本で言う「お正月さま」「歳徳神=としとくしん」、アイオーンのこと。英語でイヤー・ゴッド)の側面(ペルソナ)もあり、毎年冬至の日、エレウシス(ギリシア)神殿で「〝童神〟イアッコス」として女神デメテルに産み落とされ《マクロビウス『サトルナリア』など》、「〝篭に入った〟ディオニュソス」と謳われます《W・K・C・ガスリー『The Greeks and Their Gods』、「ディオニュソス・リクテウス」》。アイオーン、アッティス、タンムーズなど歳神信仰は世界中に広まっていたので、この日から一月六日までの〝聖週〟には各地で降誕祭が催されます。生まれたばかりの「歳神=篭に入った麦穂」への捧げ物は、パンと葡萄酒に決まってました《『エレウシス賛歌』など》


エレウシスは地母神デメテル(語源は「ディアメタル=地平線Diameter」)が降臨したと伝わる聖地、デメテルはギリシア人に穀物栽培を教えた女神です。また、この女神は春に「大麦の娘=女神コレー」として世界に顕現し、秋になると「大麦の母=女神デメテル」に変身して刈り穫られ、世の食卓に上ります。そこで食されるパンはデメテルの体(つまり穀物神)、葡萄酒はディオニュソスの体で、この二神は対をなす関係なのです《エウリピデス『バッカスの信女たち』予言者ティレシアスの発言など》


ギリシアの人々は〝穀物神〟デメテルを「〝二足歩行〟の神」「〝栄養〟の神」と讃え、〝酒神〟ディオニュソスを「〝直立歩行〟の神」「〝跳躍〟の神」「〝健康の分配者〟ディオニュソス」などと誉めました。


これらの枕詞は、「パンで栄養をつけ二足歩行が可能になったものゝ当時はまだまだ杖を頼りに歩くのが精一杯、夕方になると疲労困憊して歩けなくなり腰も常に曲がっていた。しかし食事と一緒に水割り葡萄酒を呑む習慣が広まり、ディオニュソス教の祭儀に加わるようになって飛躍的に足腰が強化され、皆が腰を伸ばして立てるようになった」という、感謝を込めた添え名なのだそうです《パウサニアス、フィロコロス、プルタルコス、など》


ただしディオニュソス神の教義には、葡萄酒を呑むときの注意として、① パンを食べながら(食事をしながら)呑むこと、② 水で割ること、③ 三杯でやめること、など、厳しいとり決めがありました《Eubulus(エウブロス)「Semele or Dionysus」》





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健康の分配者
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古代に成立した神話では、どの神もたいてい杖を持って降臨します。そして「〝二足歩行の神〟デメテル」と「〝直立歩行の神〟ディオニュソス」の最大の特徴は、教義の中で一般の人々にも杖を使うよう、強く推奨しているところです。ディオニュソス神に至っては、祭りに参加するため第一に杖の携帯を、第二に右手右足を同時に出し、その後左手左足を同時に出す一種異様な歩行術と、朝まで続く片足のダンスが義務づけられていたほどです。


(十二月)から春(三月)にかけて何度か催されるディオニュソス祭の馬鹿騒ぎは、農閑期における民人の息抜きの意味が強かったろうと、今では推測されてます。そこでは三杯以上の葡萄酒を呑むことが許され、夜どおし歌い、踊ることが求められました。男も女も老いも若きもディオニュソス祭では、裸のままか肌着程度の衣装の上に鹿皮をくくりつけ、花冠を被り、先端に松かさを刺して常春藤(きづた)や葡萄の蔓を巻いた「霊杖(テュルソス)」という、折れ曲がった杖を持たなければいけません。


この装束で真冬の戸外ですから、参加者は正気を失うほどに酔い、踊り狂いました。酔った上に激しく運動すれば中には狂暴になって他人に襲いかかる者もあり、これらの人々は「バッカスの狂気に打たれた人=バッケー」と呼ばれました。


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ロワール川の河口近く海から程ないところに島があって、ディオニュソス神にとり憑かれたサムニテの女たち(ストラボン『地理学』第五巻三ー一サムニテはサビニ族のコロニー)が暮らし、祭りや他のあらゆる神聖な儀式を行い神 を鎮めることに腐心している。この島に男は一切踏み込めない。女たちは自分で海を泳ぎ超えて海の向こうの夫に会いにゆき、また泳いで帰ってくる。


 この島の慣習では年に一度神殿の屋根を剥がし、その日のうちに、日が暮れる前までに、また葺き替えなければいけない。女たちは各自が木材を持って作業するが、誰かが材料を落とすと他の女たちが襲い掛かってその女を引き裂き、「エゥホイ!  」と叫びながら裂いた死体の手足を神殿の周りに持って行く(おそらく埋めるため)。狂乱が鎮(しず)まるまで、女たちのこの行動は終わらない。そうしてこの落下と狂乱の運命は儀式のたび、必ず起こることになっている。

【ガリアの記録】ロワール川に浮かぶ島の女たち
ストラボン『地理学』第四巻第四章
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古代の地理学者ストラボン(紀元前六三頃~二三頃、ギリシア系地理・歴史学者。『地理学』のみ現存)が記録した、フランスに実在した島(島の特定はできていない)の意味不明の伝承を紹介しました。現代では島に住むバッケーらは足腰の鍛錬のため、毎年木造神殿の屋根を葺き替える祭儀を行っていたと見られています《マルセル・ドゥティエンヌ『ディオニュソス』》






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